矯正治療法
抜歯した歯の移植
歯を失った箇所に、親知らずや、矯正治療のために抜歯した歯を移植する治療法があります。
矯正歯科治療では、でこぼこや口元の突出の程度が大きく、あごの骨に歯が収まりきらない場合、小臼歯などの抜歯が必要となる場合があります。親知らずや、矯正治療のために抜歯する歯を、過去に歯を失った部位に移植し、かみ合わせを回復する技術を自家歯牙移植と呼びます。
虫歯や外傷などで歯を失ってしまった場合に、ブリッジやインプラントなど人工物による補綴処置を考える前に、検討する意義のある治療法です。当院では口腔外科の専門医が非常勤で勤務しており、各分野の専門医が密に連携することで、幅広い選択肢を提供いたします。
メリット
- 01
- インプラントや差し歯ではなく、自分の歯を使って歯を失った部分のかみ合わせを回復することができる
- 02
- ブリッジなどのように、周囲の歯を削る必要がない
- 03
- インプラントと違い、食物の固さを感じることができる(移植した歯の根には、歯根膜という感覚受容器が存在するため)
- 04
- インプラントと違い、移植歯には「歯根膜」というクッションがあるため、周囲の歯に対して生理的に調和し、為害作用が生じない
- 05
- 移植が成功し安定すれば、インプラントなどでは欠かせない長期的で特殊なメンテナンスが必要ない
- 06
- 親知らずを同日中に移植する場合には、健康保険の適用が認められている(親知らず以外の歯を移植する場合は私費診療)
歯の移植が成功する条件
- 01
- 移植する歯自体が健康で、歯周病などが見られないこと
- 02
- 移植する歯に十分な歯根膜が存在すること
- 03
- 歯根膜をあまり傷つけずに、移植する歯を抜歯できる状態にあること
- 04
- 移植歯を植える部位の骨や健康状態が良好であること
- 05
- 移植した歯の神経の治療がうまくいくこと
当院の治療例(治療の流れ)
01 治療前
移植が必要となった理由:もともと、下あごの大臼歯に欠損があり本数が足りない。その一方で矯正治療に際して、でこぼこの解消や偏位した正中線の改善のために、反対側の歯を抜く必要性があった。その状況では、抜いた歯を廃棄するのではなく、自家歯牙移植を試みて、欠損部空隙を解消することが最善であった。本症例では、もともと出歯とでこぼこ、左下6番欠損部空隙の改善を希望して矯正治療を希望されました。矯正治療上のリスクとして、虫歯の発生、歯根吸収、咬合関係の変化などが考えられました。しかし本症例では幸いにも、そのような望ましくない偶発症状は認められず、無事に良好な治療結果へと至りました。31歳女性。治療期間2年4ヵ月。動的治療が完了するまでの治療回数:22回。お悩み:上の前歯が出ている、でこぼこ、口元の突出感、左下6番の欠損部空隙の改善。治療内容:上顎両側第一小臼歯、下顎右側第一小臼歯を抜歯し、自家歯牙移植を伴った矯正治療。矯正装置:上顎は舌側矯正装置、下顎は唇側からのマルチブラケット装置を用いたハーフリンガルブラケット矯正法。費用:装置料・基本契約施術料として110万円(税別)。その他として検査料3万5千円、診断料1万5千円、毎月の調整料3〜6千円(税別)。自由診療であり治療費は全額自己負担、健康保険証は使えません。診断名:上顎前歯の唇側傾斜および叢生、欠損を伴う上顎前突症。
02 歯の移植術(30〜60分程度)
「移植する歯の歯根膜をいかに傷つけないで抜歯できるか」が成功の鍵です。さらに、移植する部位への移植歯の位置づけも重要です。移植した歯の歯根が、新たに植えられた部位の骨に全て覆われる必要があります。治療方針:矯正治療に際して便宜抜歯を行った歯牙の自家歯牙移植を試みて、欠損部空隙を解消を図る。自家歯牙移植術の治療上のリスクとして、移植歯が生着ぜずに脱落する可能性、移植歯の歯根の外部吸収のリスク、手術後の移植床周囲の炎症や疼痛、感染のリスクなどが考えられた。しかし本症例では幸いにも、そのような望ましくない偶発症状は認められず、移植歯の生着がなされ安定した治療結果へと至った。31歳女性。移植手術後から移植歯が安定したと判定するまでの治療期間1年0ヵ月。動的治療が完了するまでの治療回数:9回。お悩み:上の前歯が出ている、でこぼこ、口元の突出感、左下6番の欠損部空隙の改善。治療内容:下顎右側第一小臼歯を抜歯し、自家歯牙移植を伴った矯正治療。自家歯牙移植術に際しての固定に用いた矯正装置:下顎唇側からのマルチブラケット装置によるブラケット矯正法。費用:自家歯牙移植術に関する手術費、投薬などの自費診療費用として約7万円(税別)。自由診療であり治療費は全額自己負担、健康保険証は使えません。診断名:欠損部空隙への自家歯牙移植。
03 移植歯の根の神経治療(移植後3〜4週間後)
一般的に、移植した歯の神経は死んでしまいます。それを放置すると感染を起こし、歯根周囲に膿を作ってしまうため、移植歯の脱落につながります。そのため歯の移植後には、歯の中の神経が感染を起こす前に、神経の治療を行う必要があります。治療方針:歯牙の自家歯牙移植後の根管充填治療。自家歯牙移植歯への根管充填処置に際してのリスクとして、根管充填処置後の歯根周囲の感染による予後不良、不十分な根管充填の残存、移植歯の歯根の内部吸収や外部吸収のリスク、手術後の移植床周囲の炎症や疼痛、感染のリスクなどが考えられた。しかし本症例では幸いにも、望ましくない偶発症状は認められず、移植歯へ根管充填処置が行われた。31歳女性。移植歯へ行った根管充填処置にかかった治療期間:約1ヵ月。根管治療が完了するまでの治療回数:4回。お悩み:移植歯への移植術後の根管充填処置による感染の予防。治療内容:下顎右側第一小臼歯を抜歯し、自家歯牙移植術後の根管充填処置。費用:自家歯牙移植術への根管充填処置にかかる自費診療費用として約10万円(税別)。自由診療であり治療費は全額自己負担、健康保険証は使えません。診断名:自家歯牙移植術後の移植歯への根幹充填治療。
若い人で歯根が形成途中の歯を移植した場合には、歯の神経が生きたまま繋がることがあり、このような場合には歯の神経治療は不要となります。
04 移植歯の矯正治療
移植後3〜4週間程度固定した後は、矯正装置を使用して歯に弱い力を加えていきます。それによって移植した歯がより安定して周囲の骨と結合すると言われており、歯の移植の成功率が上がります。
移植した歯が安定した状態で骨に結合してからは、移植歯を周囲のかみ合わせと馴染ませ、より良い位置に移動するために、他の歯と同様に矯正治療を行います。
移植の成功・失敗と、行う意義
移植の成功・失敗
何らかの事情により、移植がうまくいかなかった場合には、移植歯の歯根膜が死んでしまい、骨の中で安定せず、将来的には抜けてしまいます。また、移植した歯の根が徐々に外部吸収されてしまい、将来的に抜けてしまうこともあります。移植の成功・失敗の定義は難しく、安定しているように見えても、数年経ってから問題が生じてくる場合もあります。
ただし、インプラントやブリッジなどの治療においても、一生持つものは存在しません。移植した歯が長期的に安定し使用できることが理想ですが、5〜10年もしくはそれ以上の期間、ご自分の歯を利用して歯を失った部位のかみ合わせの回復ができるということだけでも十分な成功と言えます。
移植を行う意義
少しでも長い年月の間、ご自分の移植歯を使い、どうしても移植歯が持たなくなった時に、ブリッジやインプラントなどの補綴処置を考えることができます。移植は必ずうまくいくものとは言えません。しかし、せっかく矯正治療などで歯を抜く必要性がある場合には、試す価値のある有効な方法です。